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2009.03.24観心寺

今日は、ずいぶん昔からお世話になっております観心寺様へ印刷物の納品に行ってきました。

仕事ではあったのですが、天気が良いこともあり、あまりに美しい景観に思わず見とれてしまいました。かなり広大な敷地のお寺なのに、隅々まで手入れされていて凄いです。これから桜が咲いていくので、オススメできるスポットです。

観心寺とは

観心寺(かんしんじ)は、大阪府河内長野市にある高野山真言宗の寺院である。山号を檜尾山と称し、遺跡本山(ゆいせきほんざん)である。本尊は如意輪観音、開基(創立者)は実恵である。 仏塔古寺十八尊第十三番。

伝承では、大宝元年(701)、役小角(えんのおづぬ、役行者)が開創し、当初、雲心寺と称したとされる。その後、大同3年(808)、空海がこの地を訪れ、北斗七星を勧請(かんじょう)したという。これにちなむ7つの「星塚」が現在も境内に残る(なお、北斗七星を祭る寺は日本では観心寺が唯一である)。

弘仁6年(815)、空海は再度この地を訪れ、自ら如意輪観音像を刻んで安置し、「観心寺」の寺号を与えたという。「空海が自ら刻んで」云々の話は伝承の域を出ないが、現在金堂本尊として安置される如意輪観音像は、様式的に9世紀の作品とされている。また、観心寺には奈良時代にさかのぼる金銅仏4体が伝来することから、奈良時代草創説もあながち否定はできない。

観心寺の実質的な開基とみられるのは、空海の一番弟子にあたる実恵(じちえ)である。『観心寺縁起資材帳』(国宝)などによると天長4年(827年)(または天長2年とも)、実恵の意を受け、弟子の真紹(しんじょう)が造営を始めている。 観心寺は楠木氏の菩提寺であり、楠木正成および南朝ゆかりの寺としても知られている。正平14年(1359)には当寺が後村上天皇の行在所となった。また、境内には後村上天皇桧尾陵がある。

境内にある建掛塔(たてかけとう)は、一見、普通の仏堂のように見えるが、三重塔の一重目だけが建てられた、未完成の建築である。伝承によれば、楠木正成は、建武の中興の成功を祈願して三重塔の建立を発願したが、造営なかばで湊川の戦で討ち死にしたため、建築が中断され、そのままになっているという。討ち死にした正成の首は当寺に届けられ、首塚に祀られている。

室町時代以降は、管領畠山氏や豊臣氏の庇護を受けて栄えた。

出典:Wikipedia


観心寺
観心寺

観心寺
観心寺

楠木正成
楠木正成

観心寺の前のお茶屋さん
観心寺の前のお茶屋さん

観心寺の前のお茶屋さん
かなりいい雰囲気です
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